会員通信 2008 Spring
2008年 春号

  • 2008年04月12日


5月の連休前なのに早くも桜前線が北海道まで達したとの事。
桜の次は田植えの季節到来です。
百穀を潤すとされる田植えシーズンの雨、穀雨の切れ間をぬって、
「会員通信・春の号」をお届けします。

コラム

弁護士 圷 由美子 旬報法律事務所

ありがとう

「ありがとう」。一番多く使う言葉でありたいと思う。ある時を境に大事に想うようになった。事務所ニュース巻頭言を担当した時期だった。ムンクの「叫 び」もこんな景色に違いない。人も景色もゆがむ日々が続いた。見かねた友人が言った。「些細なこと、一日ひとつでいい。うれしかったことを探すんだ。苦し いときや単調に思える毎日でも案外あるものだよ。」その日以来「うれしいこと」の箇条書きが私の日課になった。

早朝の銀世界、澄み切った空に浮かぶ月の神々しさ、思いがけない人からの連絡、心にしみる言葉。毎晩「ありがとう」と唱えて眠りについた。

気付いたら、到底抜け出せると思えなかった真っ暗なトンネルは抜けていた。当たり前だったことが「うれしいこと」に変わった。日常に「ありがとう」がいっぱい転がっていることに気付くことができた。

弁護士 宮里 邦雄 東京共同法律事務所

シュークリームの甘い思い出

1939年、大阪の天王寺で生まれ、幼少期を大阪で過ごした。

幼少期の思い出ということになると、大阪で過ごしたときのことになるが、人は、どこまで幼少の頃の記憶を辿ることができるのだろうか。

作家三島由紀夫は、自分が生まれてきたときの光景を憶えているという、青年の架空の自叙伝「仮面の告白」を書いたが、私がさかのぼることができるのはせいぜい4、5才ぐらいのことまでである。

その記憶も、一瞬を撮ったフラッシュ写真の一コマのようで、その前後が判然としないものが多い。

しかし、子供の頃から食いしん坊であったのか、食べ物の記憶は何故か鮮明である。

もっとも鮮やかなそれは、シュークリームについてのものである。それも、かの有名な不二家のシュークリームである。

4才か5才の頃であろう。というと、戦争末期の昭和18年か昭和19年の頃か。父と母に連れられて大阪心斎橋の不二家でシュークリームを食べたことがあっ た。甘いものが食べられなくなっていた当時のせいもあったであろう。父と母といっしょに食べたあの時のクリームの甘さが、いまも舌に残っているような感触 がある。当時父と母も若かったし、その若かった父と母の姿とシュークリームが分かつことなく結合したその時の光景がよみがえる。

当時、我が家の経済状態がどんなものであったかよく判らない。多分高価であったと思われるシュークリームを子供に食べさせるぐらいだったから、比較的豊かであったのであろう。

シュークリームは、私にとってノスタルジーという感情を呼び覚ますお菓子であり、幼少期の甘い記憶と結びつく味である。

お薦め本 From the reader in the wood

「冤罪弁護士」 今村 核 著 / 旬報社刊

 

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編集部より

北京オリンピックが聖火リレーでもめている。これまでもベルリン大会、ロサンジェルス大会、モスクワ大会など政治臭の付きまとう大会は数多い。参加国が増大し、規模が拡大されるほど国家がらみでないと開催できない。しかし、国が絡めば政治が絡む。

「形だけの平和の祭典など止めてしまえ!」と喉元まででかかるが、その日のために人生の大半をかけているアスリート達のためには何とか開催させてあげた い。柔道山下選手の涙の記者会見は二度と見たくない。オリンピックがアスリートのアスリートによるアスリートのための祭典になる日は来るのでしょうか。

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